映画【海賊と呼ばれた男】ネタバレ内容と感想・キャスト&評価/切ない愛

     

2016-12-12_203531引用元http://kaizoku-movie.jp/

おげんきですか?うめきちです(^0^)

百田尚樹氏原作の映画【海賊と呼ばれた男】が2016年12月10日から公開されました。

この映画は、出光興産創業者の出光佐三氏と出光興産をモデルにして、戦中戦後の日本で主人公・国岡鐵造が命をかけて築いた会社「国岡商店」の発展と共に歩んだ、彼の30代から90代の晩年までの波乱と怒涛の人生を描いています。

大ヒットした映画【永遠の0】と同じ原作者(百田尚樹氏)×監督(山崎貴氏)×主演(岡田准一氏)というタッグでの映画化は制作が発表された時から大きな話題になっていました。

今回の記事は、

◆【海賊と呼ばれた男】の見どころ

◆【海賊と呼ばれた男】のあらすじと感想

◆キャスト

◆評価

◆まとめ

以上の紹介をしていきたいと思います。

(※なお、ネタバレのため、結末を知りたくない方はご注意くださいね!)

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【海賊と呼ばれた男】の見どころ

見どころ満載のこの映画の中でも、もう一度見たいと思ったみどころと言えば・・・!

① 鐵造が伝馬船で海へ漕ぎだして、海上で軽油の販売をする場面ではワクワクさせられます。

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② 敗戦し、日本に戻ってきた復員船は本当に立錐の余地がないほどに復員兵が満載でおどろきました。

③ 復員してきた店員たちが、国岡商店のビルが無事な姿を見て大喜びする場面や、海軍のタンク底で油の汲み出しをする場面は戦争の辛さから解き放たれて復興へと邁進する男たちの笑顔が素直にステキです。

④ここ一番というシーンで繰り返し歌われる国岡商店の社歌はとても印象的です。

この歌によって店員たちの結束はより強くなるようです。

⑤ 仕事一筋の鐵造に縁談が持ちあがり、結婚する場面はちょっとほっこりさせられました。

でも、最終的には最初の妻ユキとは添い遂げることができず、別れのシーンでは泣けました。

そして、最後の老いた鐵造の下にユキの遺品が届けられるところはさらに切なくて涙を誘います。

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【海賊と呼ばれた男】のあらすじと感想

1945年、東京はB-29の大群によって焼け野原にされてしまいました。

国岡鐵造は燃えさかる地獄のような光景を断腸の思いで見つめるしかありませんでした。

彼はその空襲で奇跡的に焼け残った国岡商店の店主でした。

国岡商店本社に集まった店員たちはみんな店主が会社を解散すると言うと覚悟していましたが、店主は一言、

「愚痴をやめよ!日本人がおる限りこの国は再び立ち上がる。下を向いとる暇などない。心配するな、一人も首にはせん!」

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石油販売の仕事を求めて石油統制会社(石統)を訪れてみるが、鳥川総裁にけんもほろろの扱いを受けてしまいます、

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自宅に戻り妻や子供に迎えられた鐵造は、悔しさのあまり怒りの持って行きどころがなく、過去を思いだしていくのでした。

ー鐵造の回想ー

主要燃料がまだ石炭だった頃、若き国岡鐵造は将来はきっと石油の時代が来ると予見して石油の事を学び、27歳の鐵造は1922年に国岡商店を立ち上げました。

しかし新参者の彼らと取引してくれるような会社はどこにもなく、資金もそこをついて行きました。

鐵造を支援してくれる資産家の木田は、

「もしもすべて無くした二人で乞食をしようじゃないか」

そう言って、弱気になる鐵造を叱咤激励してくれます。

木田の言葉に、

「このまま負けるわけにはいかん!」

と、決意も新たに会社の立て直しを考えました。

手元にあるのは大手の石油会社から売ってくれたら助かるんだが・・と言われて預かっているだぶついた軽油だけでした。

ある日、軽油は焼き玉エンジンで動くポンポン船の燃料(灯油)の代替えに使えることがわかました。

新参者の国岡商店がこれをどうやって売るか考えた結果、伝馬船に積んで海上でじかにポンポン船に売ることを思いつきました。

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海の上を所狭しとばかりにゲリラ的に油を売りまくる国岡商店を同業者たちは苦々し気に皆こう呼びました。

「こん、海賊どもが!」

国岡商店の仕事が軌道に乗り始めた頃、鐵造は兄の万亀男の紹介でユキと結婚することになりました。

気立ても良く美しいユキは店員たちと同じ一つ屋根の下で暮らし、彼らの世話を焼く毎日を送っていました。

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ー鐵造の回想から現実へー

1945年、60歳になっていた鐵造の所へ元海軍大佐の藤本が訪ねてきました。

彼はGHQの依頼で全国のラジオを直す仕事を持ってきました。

敗戦により海外の支店や資産をすべて失い、戦中戦後の日本の石油業界を取り仕切っていた石統の思惑で、石油を扱う仕事はできなくなっていた国岡商店は仕事であればなんでもやりました。

ラジオの仕事を持ってきた藤本はそのまま国岡商店のラジオ部部長となって、銀行からの資金繰りの算段もつき、石油が扱えない時代の国岡商店の支えとなりました。

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そんな頃に復員第一陣として、復員兵を満載した復員船が日本へ帰ってきました。

国岡商店の店員だった東雲忠司ら4人は焼け野原となった東京で、奇跡的に焼け残った本社の国岡館を見て大喜びでビルの中へ駈け込んで行きます。

無事に帰還した彼らを見た鐵造の目から涙がこぼれ落ちて行きました。

「よう帰ったなあ!」

またその頃、海軍のタンク底に残っている石油をさらう業務を請け負うことになりました。

この仕事はきつくてやりたがる業者が見つからず、やむなく石統から国岡商店に回されてきたものでした。

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この仕事は復員してきた東雲が担当しましたが、やとった作業員たちは逃げてしまったのでやむなく東雲みずからタンクさらいの陣頭に立ったのです。

やがて2年の月日が経ち、1947年にすべてのタンクから油を汲み出したのでした。

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それからしばらくしてGHQで通訳の仕事をしていた武知甲太郎が国岡商店にやって来ました。

石統に代わって作られた石油配給公団が指定する「販売業者選定考案」の中の一文にどう考えても国岡商店を排除するためとしか思えない部分があることを告げました。

その場で国岡商店の店員に採用された武知はGHQに働きかけて、この一文を削除させることに成功しました。

これによって、晴れて国岡商店は国内で正式に石油を販売できる業者になったのです。

ー鐵造の回想ー

1915年、鐵造は国岡商店の更なる飛躍のために満鉄と車軸油の契約をするために長谷部と共に満州へ渡り言にしました。

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満州へ行く前にユキに長い間ほったらかしにしてきたがこの仕事が済んだらゆっくりと温泉にでも行こうと言ったのでした。

満州では冬になると酷い寒さのために車軸油が凍ってしまい火災になることもありました。

鐵造はそこに目を付けて、新しい油を開発したのです。

満鉄の車軸油はすべてアメリカの石油メジャーが独占契約をしていましたが、新しい車軸油が実験でメジャーに勝ったのです。

「見てみい!うちらの勝ちじゃ!!」

それは、鐵造が世界を敵に回した瞬間でもありました。

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喜び勇んで帰宅した鐵造を待っていたのは愛する妻ではなく、兄の万亀男でした。

二人の間には子供もなく、夫の鐵造は仕事一筋でユキは淋しい日々を送っていました。

結婚して数年、もう限界が来ていました。

当時は嫁は子供を産んで一人前の女と言われていた時代です。

「ユキの申し出で実家に帰した」

兄は鐵造にユキからの手紙を渡してそう告げました。

1941年太平洋戦争勃発により、石油が輸入できなくなった日本は東南アジア地域の石油に目をつけました。

石油基地を占領した陸軍は、ある思惑があって国岡商店に南方基地での石油業者を国岡商店に一任するが、これを知った鳥川の憎しみと対抗意識はつのる一方でした。

この仕事を任された長谷部は南方の石油基地へ帰る途中で米軍機に撃墜されてしまったのです。

ー鐵造の回想から現代へー

やがて名だたる大手の会社となった国岡商店はメジャーからの提携の話が来ていたが、あっさりと蹴ってしまいました。

この時の担当の男がかつて満鉄で車軸油で戦った男だと言うことを思いだした鐵造はこれは提携ではなく乗っ取りだと気づいたのです。

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1951年ついに自前の巨大タンカー「日承丸」を手に入れた鐵造はこれにより、どこからでも石油の輸入ができると店員やマスコミの前で宣言するのでした。

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けれど、メジャー各社からの仕入れルートを断たれてしまい、アメリカからの石油の輸入ができなくなった鐵造はアメリカでなく、イランのアバダンから石油を買いつけることを思い立ちました。

その頃、イランはイギリスに封鎖されているような危険な情勢でした。

アバダンは立派な精油施設を持ちながらも、どことも貿易できずに困っている状態でした。

そんなアバダンへの日承丸の派遣は重役たちから猛反対をされました。

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「また、店員を戦争へ送り出すのですか!」

かつて共に海軍のタンク底をさらった東雲などは鐵造に掴みかかってくる勢いでの猛反対です。

それでも鐵造の意志は固く、猛反対を押し切って日承丸をイランへと送り出したのです。

アバダンでは大歓迎で石油の給油を終えた日承丸は、安全なルートを探してマラッカ海峡を大きく迂回してスンダ海峡を行くルートでイギリス軍の目を逃れて航行していました。

しかし、途中でイギリス軍のフリゲート艦に見つかり、停船警告を受けてしまいました。

ところが盛田船長は停船はせず、フリゲート艦へ向かって無電を打たせてそのまま真っすぐに突っ込んで行きました。

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『イランも日本も独立国である。貿易の自由を妨害するのなら、この事を世界へ向けて報告する』

一歩も辞さない構えで突っ込んでくる日承丸に、イギリス海軍のフリゲート艦はギリギリの距離ですれ違って行きました。

無事に日本の川崎港に戻ってきた日承丸とその船長以下乗組員全員を労った鐵造は、満足そうに皆を見つめて懐かしい「油もってきたけぇー!」という掛け声がつい口からこぼれてしまうのでした。

鐵造は96歳まで生きました。

亡くなる少し前に看護師に車いすを押されて散歩に出ていたところへ、若い女性がやって来ました。

「小川初美といいます。大叔母の遺品を整理していたら出てきた物ですが、これは国岡さんに持っていていただいた方がいいと思いました。大叔母の名前はユキと言います」

そう言って初美が差し出した古いスクラップブックを開いてみるとそこには国岡商店の記事がたくさんファイルされていました。

そしてページの間から、結婚して間もない頃に写した鐵造とユキの写真が出てきました。

初美からユキは結婚はしないままで晩年は群馬の老人ホームで暮らしていたと聞かされると、

「そげな近くにおったのか・・・!」

写真を握りしめて涙にむせぶ鐵造でした。

感想

日本に戻ってきた復員船は本当に立錐の余地がないほどに復員兵が満載でおどろき、もしかしたら現代の脱北などの密入国船もこんな風にめちゃくちゃに人が乗っているのかと連想してしまいました。

やっと帰国した喜びが復興への力となって、会社のために店主・国岡鐵造と店員が一丸となって懸命に働く姿はすごいパワーを感じさせますね!スゴイです!

戦後の昭和の男をめいっぱい感じさせてくれます。

岡田准一さんはこの国岡鐵造の役をやるために、老齢の役の時は隣の部屋で大声を出して喉を潰して挑んだと言うことです。

すごい役作りです(≧▽≦)

最初の妻・ユキとの別れはとても悲しいものでしたが、90歳を過ぎた鐵造の下にユキの遺品が届けられ、ユキが案外近くに住んでいたことを知った鐵造が

「そんな近くにおったのか・・・!」

と言って泣くシーンは、別れてしまっても本当に一番大切な人だったんだなぁと、しみじみ思わされて一緒に泣いてしまいそうでした。

とても熱くて切ない映画でした。

書籍情報

小説【海賊と呼ばれた男】

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キャスト

国岡鐵造 / 岡田准一さん

東雲忠司 / 吉岡秀隆さん

長谷部善雄 / 染谷将太さん

武知甲太郎 / 鈴木亮平さん

柏井耕一 / 野間口徹さん

藤本壮平 / ピエール瀧さん

ユキ / 綾瀬はるかさん

盛田辰郎 / 堤真一さん

鳥川卓巳 / 國村隼さん

甲賀治作 / 小林薫さん

小川初美 / 黒木華さん

国岡万亀男 / 光石研さん

木田章太郎 / 近藤正臣さん

監督・・・山崎貴氏

原作・・・百田尚樹氏

評価

私個人の評価です。

2時間15分という長時間にも収まり切れない濃い内容は、事前に原作を読んでおくとより深く感じることができると思いました。

とはいえ、30代から90代までを1人の人間が演じるために駆使された特殊メイクにはビックリでしたので(☆3.8)を差し上げたいと思います。

まとめ

今回の記事は、

◆【海賊と呼ばれた男】の見どころ

◆【海賊と呼ばれた男】のあらすじと感想

◆キャスト

◆評価

以上の紹介でした。

戦後の復興を支えた偉大な男の人生はかくも鮮烈なものだったのですね。

現代の日本人には見られないバイタリティーに驚きの連続で、あっという間の2時間でした。

ではでは(^0^)/

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