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おげんきですか?うめきちです(^O^)
2016年2月13日に新東名(豊田東ー浜松いなさ)が開通しますね!
「引佐(いなさ)」と言えば、2017年に放送されるNHK 大河ドラマ「おんな城主直虎」の舞台となった地。
新東名は静岡県から愛知県奥三河をグーんと抜けていく高速道路ではありませんか!
こんな絶好のドライブコースを見逃してはドライブも楽しみきれないでしょう。
ぜひ、家族や恋人とこの直虎のゆかりの地を訪ねてみたいと思いませんか?
そこで今回は、新東名に沿って「おんな城主直虎」の生涯とゆかりの地の見所を紹介していきたいと思います!
波乱万丈!直虎は生涯、男性名だった
直虎は遠江(とおとうみ)井伊谷城主の井伊直盛の娘として誕生。
父・井伊直盛には男子が生まれなかったため、直盛の兄弟・井伊直親を婿養子とする予定でした。
しかし直親の父が今川義元に謀反の疑いをかけられて自害、直親は信濃へ逃亡し行方不明となってしまいました。
直虎は許嫁を失い失意のまま出家し、法名を「次朗法師」と名乗ることに。(直親は後に戻って来ます)
その後、永禄年3年(1560年)桶狭間の戦いで父・直盛が戦死、跡を継いだ直親も殺されてしまいました。
あわやというところで母方の伯父に救われるも、永禄6年の犬山城攻めの最中に祖父井伊直平が急死、やがて家中をささえる重臣たちも徐々に失われていったのです。
やがて叔父の龍潭寺住職により、直親の子・虎松(母は奥山親朝の娘)は鳳来寺に移されていきました。
そしてついに永禄8年(1565年)次朗法師が直虎と名を変えて、井伊谷城に帰還し井伊氏の当主となりました。
その後、永禄11年【1568年)と元亀3年(1572年)に居城「井伊谷城」を奪われてしまいますが、合計3回、直虎は井伊谷城を奪い返しています。
今は亡き許嫁の直親の遺児・虎松(井伊直正)を養子として天生3年(1575年)徳川家に出仕させた後、天生10年(1582年)8月26日逝去しました。
直虎亡き後の井伊家の家督は直正が継ぎ、江戸時代を通し、徳川幕府に仕え、幕末には井伊直弼を輩出する名門となっていきます。
直虎は井伊家の菩提寺の龍潭寺に許嫁・直親の墓の隣に眠っています。
なんと、許嫁の直親への愛を貫きに生涯独身でいたのですね!
戦国の世に生きたおんな城主の激しい人生ですね。
さて、この大河ドラマのロケ地のモデルとなった、直虎ゆかりの地へのアクセスはどうなんしょうか?
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気分は戦国!お勧めのドライブコースと見所
新東名からの「おんな城主直虎」ゆかりの地へのドライブコースとアクセス方法
☆【桶狭間合戦跡】(所在地)名古屋市緑区有松町桶狭間北3丁目「桶狭間古戦場公園」
☆【犬山城】東名小牧JCT犬山城
引用元http://inuyama-castle.jp/
☆【龍潭寺】浜松いなさJCT⇒浜松いなさ龍潭寺
引用元http://www.ryotanji.com
☆【鳳来寺】浜松いなさJCT⇒新東名⇒新城IC鳳来寺
引用元ja.wikipedia.org/
☆【井伊谷城跡】東名浜松西IC⇒国道257号経由井伊谷城跡
それぞれの地が大河ドラマファンにとっては感慨深い場所なのではないでしょうか?
新東名から、あるいは東名高速、一般道などから行くことができます。
直虎の足跡をたどって春の桜や、秋の紅葉を見ながら戦国時代にタイムスリップした気分にひたりながらのドライブを楽しんでくださいね。
まとめ
今回は、新東名に沿って「おんな城主直虎」の生涯とゆかりの地の見所を紹介してみました。
参考になったでしょうか?
ロケ地の場所はまだはっきりしてはいないようですが、静岡県引佐町と長野県高森町が有力な候補地と言われています。
ドラマの放送はまだ1年先ですが、とても楽しみですね。
ではでは(^0^)/